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その後の治療について
2010/03/27(Sat)

手術が終わり、その後の先生とのお話。


子宮・卵巣を摘出し、病理検査に回した結果、
子宮にはやはり高悪性度の肉腫があったけれど卵巣には転移していなかったとのこと。
なので、子宮の外へは転移していないって。


“他に転移がなく良かったですね”という感じの話しぶりだったけど
じゃあ卵巣は残せなかったの??? という思いが…


多分先生にも私がそう思っているのが分かったんだと思うけど


卵巣に転移はなかったけど、女性ホルモンが全く関係ないとも言えないから、
再発のコトとかを考えると卵巣は取った方がベストだっただろうって。


で、今後は再発の予防として抗癌剤を勧めるということだった。


ただし、子宮肉腫というもの自体、症例が少なくよく分からないので
『この肉腫にこの抗癌剤が効く』というはっきりしたものがあるわけじゃないって。
でも何もしないよりは再発を抑える効果が期待出来るんじゃないかって。


なんだかね、先生以上に私達には全く知識もなく、よく分からないから
先生がイイと思って勧めるコトならば従いましょう…という感じで抗癌剤治療に入りました。
…病巣がもうないから治療っていうのかどうかは微妙だけど。



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この時言われた「卵巣に転移はなかった」という言葉…
それを聞いた時『そんな…』という気持ちにはなったけど、それでもしょうがないと諦め受け入れました。


でもやっぱり『せめて卵巣は残して欲しかった』って思うようなコトが多々あって
受け入れたつもりだったけど後になればなるほどなんとも言えない気持ちが込み上げてきました…。






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手術
2010/03/26(Fri)

子宮を摘出する手術当日。
前回、筋腫の手術の時は全身麻酔だったけど今回は局部麻酔。
腰に麻酔の注射を打ち手術開始。


全身麻酔じゃないから意識があったので、手術中、内臓をいじられている感じが気持ち悪く
具合悪くなってきてしまい、途中から別の麻酔か何かで眠るようにしてもらった。


手術が終わった時点で起こされ、摘出した子宮と卵巣を見せてもらいました。



こんなにちっちゃいんだなぁ・・・とか
本当に子宮なくなっちゃったんだなぁ・・・というようなことをボーッとしながら思っただけでした。




手術の後は麻酔が残っているからか半分ボーッとしたままだったけど
夜、麻酔が切れた後は痛くて痛くて何度か痛み止めをしてもらうんだけど
それでもすぐ痛くなってほとんど眠れなかった。


なんとなくナースコールを押すのは躊躇ってしまいひたすら痛みに耐えもがき、
看護婦さんが様子を見に来た時はここぞとばかりに痛みを訴え痛み止めをしてもらってました(笑)



術後のこの痛みに苦しんでいた時は子供がどうのこうの考える余裕もなく
こんなに痛い思いは二度としたくない!!もうどこも切りたくない!!
ってそんなコトばかり考えてました。





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手術前日
2010/03/18(Thu)

手術の前日。
個室に移り、15時から飲食禁止となった時、友達がお見舞いに来てくれました。
ケーキを持って(笑)

とりあえずケーキはありがたくいただき、談話室に移りお話。


なんか色々話してたら悲しくなって泣けてきて思わず「子供産めないなら死んだ方がいいよぉ」
とその友達に言ってしまった・・・。

親は何かと過剰に反応し心配するので、親の前では泣いたり弱音を吐いたりしたくない…と
ただひたすら我慢という感じだったのでつい溜めていた感情が溢れ出てきて・・・


その友達、9ヶ月の妊婦さんだったんだけどその子も泣きながら
「そんなこと言わないでよぉ~この子あげるから・・・」って。


ありえない事だけど、でもその気持ちは嬉しかった。
2人で談話室でしばらく泣いてました。


自分の為に一緒に泣いてくれる人がいるって嬉しいですね。
何か色々言葉を掛けてくれるより、ただただ一緒に泣いてくれるコトの方がずっと嬉しい。
ただ泣かせてくれるだけでも充分。





その後その友達からは無事出産したってメールとともに「この間は変なコト言ってごめんね」って。


あり得ないコトっていうか…あの時あの場でつい出ちゃった言葉だって分かっていたし
そんなコトを言わせちゃった私の方こそ悪かったとも思っていたので
そのままそのコトについて触れてくれなくても全然気にしてなかったんだけど
敢えてそのコトに触れてきて「ごめん」と言ってくれたことがまた嬉しかった。

多分あの時は本気でそう思えるくらい、私のコトを思ってくれていたのかな…って。



でもね…本音を言えば、出来ることなら2人目が出来たらその時は是非・・・と
心の片隅で思わないでもなかったけど・・・ね。




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談話室
2010/03/08(Mon)

再入院した日、お見舞いに来てくれた彼と談話室で話をしていたんですが・・・
この談話室ってものすごく酷な場所。


産科と婦人科は同じフロアにあり、エレベーターを中心に左が産科病棟
右が婦人科病棟とそれぞれ分かれてはいるけれど
ちょうど中心にあるエレベーターの正面に談話室があり、そこは産科・婦人科共用の場。


その日、談話室には私達の他に出産待ちのご家族が・・・。


新しい命を楽しそうに今かと待っているご家族。
旦那さんやお子さん、そしてご両親達・・・。
特にご両親のお孫さんを楽しみに待つ嬉しそうなお顔や会話…なんとも言えなかった。


そんな姿を見ていたら、私は子供を産めないのはもちろん孫の顔も見ること出来ないんだ・・・
とまた泣けてきた。


なんで談話室が一緒なんだろう・・・。
私は子供を産めなくなるっていうのに、悲しい気持ちでこの談話室にいるのに
そんな私とは全く対照的な新しい命を待つ幸せそうな人達と一緒なんだろう…。


産科も婦人科も同じ先生だから同じフロアのが行き来がしやすいんだろうというのは分かるんだけど
これはあまりにも辛すぎでした・・・。
あの幸せオーラを見せつけられるのはたまらなかったです。
もちろん見せつけてる気はないだろうけど…






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再入院
2010/03/07(Sun)

子宮肉腫と告知され、再手術の為再入院…。
再入院はちょうど前回と同じ病室が空いていたので同じ部屋になった。
4人部屋で患者さんも前回と同じオバサマ達。


「また戻ってきちゃいました」と、とりあえず笑ってご挨拶。



前回お隣だったオバサマは60代で、もう入院が長いらしくこの部屋のドンみたいな方。

前回の入院は子宮筋腫の手術の為だったけど、手術前の貧血がひどくその処置の為に
結構長く入院していたのでお隣のオバサマとは色々お話をしました。

オバサマには娘さんが2人いるらしく、
上の娘さんは仕事をバリバリにこなすキャリアウーマンで結婚をしていないらしい。
東京で仕事をしていて、滅多に家にも帰ってこないって。

そしてよく言ってました。
「早く結婚して子供を産めばいいのに・・・」って。
「女なんだから1人は子供を産まないと・・・それがやっぱり女性にとっては一番幸せなことだし、
 一番の親孝行でもある・・・」って。

このセリフ、何度も聞かされてましたよ。
そして・・・
「あなたも早く子供の顔をご両親に見せてあげなさい」って。
「それが何よりも親孝行になるんだから」って。


26でまだ結婚もしてなかった私。
多分オバサマから見たら早く結婚して子供を…という歳だったんだろうな。


このオバサマは私の再入院の理由を知ったらなんて言うんだろう?と思ってました。
で、私は再入院の理由を話しました。
「筋腫の中に高悪性度の肉腫があって子宮と卵巣を全摘することになった・・・」って。




そしたらオバサマ「子供だけが全てじゃないから・・・」だって…。


確かに子供だけが全てじゃないかもしれないし、誰だってそう言うしかないのかもしれない。

「そうですね」と笑って答えたけど…。
だけど、そのオバサマに言われても慰めにもならないよ…。

心にもないことを軽々しく言わないでよ!!と無性に悔しいやら悲しいやら・・・。




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