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無尽
2010/08/29(Sun)

学校を卒業し、初めて社会人として就職した会社
入社3年目の秋に倒産してなくなりました…。

結構悲しい出来事でその当時はかなり凹みましたが、
その会社で仲良くなった先輩達とは今も「無尽」でお付き合いしています。

「無尽」といっても本来ある意味の難しいようなものではなく
毎回幹事を決めて定期的に集まってゴハン食べに行ったりしてるだけですけど(笑)
メンバーは私を入れて6人。

無尽を始めてもう14~5年くらい経つので、さすがに集まる回数は大分減りました。
でも、術後の頃はまだ4年目くらいで今よりはよく集まってたかな。
最初始めたころは月に1回だったけど、その頃は2カ月に1回とか…。
ちなみに今は年に2回くらい・・・デス(;´▽`A``


この無尽、当時の私にはかなりツラかった…。


ちょうど私が子宮・卵巣の全摘手術をした頃、メンバーの2人が赤ちゃんを出産。
1人は私の手術前お見舞いに来てくれて「この子あげるから…」と言ってくれたAちゃんです。


2人に赤ちゃんが生まれたばかりってコトもあって、次の無尽は赤ちゃんを見に行こう!
という感じでママさんになったAちゃんとMさんの家に行くってことに。

Aちゃんの家に行く時は、ちょうど病院との関係もあって行けなかったんだけど
Mさんの家に行く時は私も行きました。


…なんかものすごくせつなかった。


私も行かなきゃいいのにね。
でも変に気を遣われたくない…とか
ここで行かないともう今までのような関係ではいられなくなりそう…とか
(↑これは自分自身の中で)
もちろん赤ちゃんを見てみたいという思いもあって行くって決めたんだけど。。


Mさん、赤ちゃんとずーっとベッタリ・・・
幸せをマジマジと見せつけられたような感じでたまらなかった。
なんでこんな光景を見ていなきゃいけないんだろう・・・って。


もちろんその場じゃ泣かなかったけど、帰りの車では号泣。。。
泣いたままじゃ家に帰れないから少し気持ちを落ち着けてから帰り、
またお風呂の中でも思い出して号泣してました。
そして寝る前も・・・



でも、Aちゃんの家には無尽の時に一緒に行けなかったから
1人でお祝い持って遊びに行ったんだけど
その時はこんなものすごいせつない気持ちにはならなかったのになぁ…


やっぱり人によって全然違うんだなって実感しました。








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抗がん剤治療
2010/05/20(Thu)


1回目の抗がん剤が終わって1週間程様子を見てようやく退院。
次は3週間後。


抗がん剤をした1週間くらいは白血球の数値が下がり免疫力が低下するから気をつけるように…って。
後は普通の生活をしていて構わないということ。


そうは言ってもそんな状態でさすがに仕事に復帰は出来ないでしょう…ということで
すでに最初の入院からもう2カ月休んでいるし
さらにあと半年近くも休み続ける訳にもいかないのでそこで会社を辞めました。


そもそも『病気の原因は?』と言えば
「特にコレが原因というものはナイ…」と先生に言われていたけど
そうなるとやっぱりストレスしかないじゃん…と思う訳で
あの当時、会社でかなりストレスを感じていたので辞めれて良かったなぁ~とか思ってました(笑)


で、半年間プー生活してました。
病院に行くのは3週間に1回、3日間だけだし。
副作用も特に大きなことはなかったので本当にただのプー( ̄ー ̄;


唯一の副作用は吐き気くらいかな。
これも抗がん剤の副作用というよりも、もう精神的なモノって感じ…。


病院のニオイがダメ、病院食のニオイがダメ、ってそんな感じ。
病院の受付の所まではまだいいんだけど、病棟に入るとなんとなく気持ち悪くなり
病室に入ると吐き気がして目がうるうるしてきちゃうんですよ。
食欲なんかないし、人が食べてるだけでも気持ち悪い…。


ってことで、3回目以降ずっと個室を利用し、病院食ナシで
食べたいモノ、食べれるモノを持ってきて食べてイイって許可いただきました。
と言っても食べるのは入院初日の夜ちょっとだけで後は飲まず食わずで寝てるだけ~。


でもこの3日間の入院と抗がん剤投与後の1週間は大人しく過ごしたけど
他は友達と遊んだり、横浜までコンサートに行ったり、ディズニーランドに行ったり…と
とても療養中とは思えない行動で、プー生活を満喫してしまいました(;´▽`A``



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オバサマ
2010/05/03(Mon)

手術と抜糸が終わって1回目の抗癌剤治療に入る前に個室から大部屋へ戻りました。
大部屋は子宮肉腫の手術で個室に移る前にいたのと同じ部屋。
最初に子宮筋腫で入院した時からずっと同じ部屋なので馴染みのお部屋。

ということで、またドンのいるオバサマの部屋へ。

このオバサマには最初の入院の時に耳にタコが出来るくらい
「女性の一番の幸せは子を持つコト、そして一番の親孝行は孫の顔を見せてあげるコト」
って聞かされていました。

でも、今回の入院で子宮全摘するって言ったら
「子供だけが全てじゃない」って今まで言ってきたこととは真逆のコトを……

心にもないコトを…とその時思ったけど、ヤッパリ…だった。


同じ部屋に戻り、オバサマと何気ない会話をしてる時オバサマの口から
「退院したら早く結婚して…」と。

もうその最初の言葉が出た瞬間『キタッ』と思いました。
当然その続きは…
「退院したら早く結婚して、子供産んで、早くお母さんを安心させてあげなさい」って。


その時母もそばにいたし、一瞬シーンとしちゃったけど
でも最初の言葉を聞いた瞬間にそう言われるだろう…と心の準備が出来ていたので
すぐ笑って答えましたよ。「もう子供産めませんから~」って。


そのオバサマも同じような病気で長く入院しているはずなのに
この病棟にいる患者さんの多くが同じような病気で入院しているのに
『結婚すれば子供が出来るのが当たり前』って
世の中の多くの人達と同じ考えでいることがとっても不思議…。


知らなかったんじゃともかく、一度話してるのにね…。
あの時は悲しいというより悔しくて腹立たしくって、その後は距離を置いてしまいました。



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抗がん剤
2010/04/23(Fri)


手術をし、抜糸をした翌週から抗がん剤治療が始まりました。
…治療というか、予防の為の。


抗がん剤は『アドリアマイシン』。
真っ赤で「着色料たっぷり!!」みたいな気持ち悪いのでした(;一_一)

それを60mg、点滴にて投与。
で、3週間インターバルで8回。

1回60mgだから意外と少量。
ゆっくり落とす…と言っても少ないから半日もかからず、すぐ終わる感じ。


最初の1回目は手術入院からそのまま入院し続けてやって、その1週間後に退院。


2回目以降は抗がん剤投与の前日に入院し、投与した翌日退院って感じでした。
2泊3日の入院をして、3週間家で過ごす…という生活。


手術は7月だったけど、8回目の最後の抗がん剤が終わったのは12月。
ながーい治療になっちゃったよ(´_`。)
年内に終わって良かったぁ…という感じでした。


きっと今だったら日帰りなんだろうなぁ~。




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最悪の日
2010/04/12(Mon)

手術の抜糸の次の日だったかな…
先生からお話がありました。


内容は、今後の生活について…だったかな。
手術によって子宮・卵巣を摘出したことによる生活への支障っていうのかな…。


子宮と卵巣がないということ…


「子宮」はもちろん赤ちゃんが出来ないということ。

子宮肉腫と告知され、最低限子宮と卵巣の摘出を…と言われた時から
「もう子供を持つことは出来ないんだ」というコトにずっと苦しんできました。


だから「子宮がなくなる」ということの辛さや悲しみは受け入れられないけど
それでも受け入れていかなきゃいけないんだ…というような思いは持っていたんだと思う。


でもそれだけじゃなかった。


「卵巣がなくなる」ということは女性ホルモンが低下するということ。

女性ホルモンって、ほぼ卵巣から出来ているらしい。
もちろん皮膚からとかも出来ているけどそれはものすごく微量なんだって。


女性ホルモンの低下といえば閉経後になると言われる更年期障害。
あと、骨粗鬆症やアルツハイマーも女性ホルモンが全く無関係とは言えないって。


更年期障害に骨粗鬆症にアルツハイマー???
そんなのもっと歳をとってからなるものじゃないの?って。
まだ26なのに、そんなことをその歳から心配しなきゃいけないの?って。


子供が出来ないってだけで辛いのに、更に追い打ちをかけるように聞かされた話。
もう何がなんだか分からずものすごく悲しくて頭が混乱していた。


それでも先生の話を聞いている時は親もいて、その後もしばらく帰らず部屋に居たので
私はそのまま平常心…というか放心状態。


親が帰ってしばらくしたら、看護婦さんが夕方の見回りにきて
「今日先生からお話あったんだってね」と。


その看護婦さんの顔を見たら抑えていたものが込み上げてきて号泣。
自分でもビックリするくらいものすごい号泣だった。


看護婦さんも突然泣き出した私にビックリしていた。


泣きやまなきゃ…と思うんだけど、止まらない。
うっうっ…と嗚咽も止まらないし、ベッドが軋むほど体も震えて大泣きしていた。


この日、「この世の終わり」と思った日だった。



゚・*:.。..。.:*・゚゚・*:.。..。.:*・゚ ゚・*:.。..。.:*・゚゚・*:.。..。.:*・゚ ゚・*:.。..。.:*・゚゚・*:.。..。.:*・゚ ゚・*:.。..。.:*・゚゚・*:.。..。.:*・゚




でも看護婦さん、
忙しい時間だったと思うけど、私の気持ちが落ち着くまでずっとそばにいて体をさすってくれていた。
それだけが救いだったかなぁ。。。





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